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こんにちは。チワワのクドさんです。
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今年もあと50時間も残ってないのです。
そんな切羽詰ったきょうもですね、
駒沢オリンピック公園に行ってきたのです。

途中、いろいろ寄り道してきたのです。









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まずは烏山川緑道を行くのです。
三宿神社は、大晦日準備をしていたのです。


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烏山川緑道は、春まで水がないのです。
落ちても平気で安心なのです。


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三軒茶屋には、ちんどん屋さんがいたのです。
クラシックからジャズ、演歌、ポップス、ロック、
なんでも「ちんどん屋風」にしてしまう、
ちんどん屋さんの編曲能力はすごいのです。


きょうはちょっと、寄り道をしていくのです。

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教学院目青不動なのです。
江戸五色不動のひとつ、なのです。

三軒茶屋の一角なのにですね、
とても静かな雰囲気なのです。


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本堂はこっちなのです。


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さっきのこっちはあくまで不動堂。
この中にいらっしゃるのがですね、目青不動なのです。


この教学院、目青不動だけではないのです。
大名墓地もあるのです。
先日ですね、豪徳寺の井伊家墓所へ行ったときから、
こっちのこともちょっと気になっていたのです。

注・本来、墓地は関係者以外入らないものです。
  大名墓地といえど、現在も御子孫がいらっしゃいます。
  が、
  今回は、「問題提起」ということで見学。

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こちらにあるのは、徳川家というか松平家の、
最古参級の家臣である大久保氏の墓所なのです。
大久保彦左衛門などが有名なのです。

まずあるのはですね、下野国烏山藩、
現在の栃木県烏山の藩主の大久保家の墓なのです。
大久保氏の分家なのですけれど、
老中も輩出した、立派な譜代大名なのです。

Wikipedia - 烏山藩

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その奥、こっちが本家の大久保氏墓地。

途中で政争に負けて、左遷されたりしたけれど、
江戸の最終関門である小田原の立派な藩主として、
小田原藩を預かっていた、由緒正しい譜代大名なのです。

Wikipedia - 小田原藩

でも見ての通り、少々荒れ気味なのです。
じっくり見ていくと、なかなかのものなのです。

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こちらは、地味な老中、大久保忠真の墓なのです。

Wikipedia - 大久保忠真

この人地味だ地味だといってもですね、
松平定信に見出されて二十年も老中を勤めて、
藩ではあの二宮尊徳二宮金次郎)を世に送り出し、
名物奉行・矢部定謙や探検家・間宮林蔵を引き立てた、
「人を見る目があった」立派な人なのです。


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島津の家門の「丸に十字」が凛としているこちらは、
鹿児島島津家から嫁いできた、大久保忠愨の正室の墓なのです。

えーとですね、家系図から考えるとですね、
天璋院篤姫の義理の父親のおばさんに相当するのです。


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大久保本家の墓所の、さらに奥にあるのがこちら。
さらに荒れているのです…。

こちらは墓碑銘から判断するにですね、
大久保家分家の、大身旗本の宇津氏の墓所と思われるのです。
(大久保氏の元の苗字が宇津氏)

宇津氏は現在の栃木県に領地を持ち、桜町陣屋を構えていて、
その宇津氏の領地の荒廃していたのを立て直したのが、
二宮金次郎なのです。


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墓所から三軒茶屋キャロットタワーを見上げるのです。
ちょっと寂しい感じがするのです。


この大久保氏墓所は元々都心部にあったのが、
目青不動教学院ごと移転してきたもので、
つまり完全な旧状を留めてはいないのです。
その辺でですね、豪徳寺の井伊家墓所と比べると
ちょっと「史跡的価値」が落ちるのです。

子孫もたくさんあちこちに散らばっているだろうし、
これほどの墓所を維持管理するのは大変だろうと思うのです。
でも、だからこそ、なのです。
「立派な墓石」というだけでも、充分な価値があると思うのです。
もっとなんとかできないものかと思うのです。
井伊家墓所のように、きれいに整備して公開する、という感じに。
行政も間に入ってみてほしいのです。

お寺、御子孫、その辺の調整は難しいとは思うのですけれど、
もう少しきれいになれば、お寺の訪問者も増えると思うし…。
なにより、なんとなく、切な寂しいのです。


という、問題提起でしたのです。



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さぁ、こんどは蛇崩川緑道を行くのです。


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どんどん遡ってみるのです。
数年前と比べるとですね、
この緑道はとてもきれいに整備されちゃったのです。


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でも、三軒茶屋あたりから上流の蛇崩川緑道はですね、
かなり細いのです。
自転車散策はちょっと辛いかもしれないのです。


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環七を越えて、なお進むのです。


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あんまり人が通らないからですね、
足取り軽やか、なのです。


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でも狭いのです。むーん、なのです。


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緑道は、小泉公園という公園を通過するのです。
この公園、
前は池があったような気がするのです。


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川はそのまま、道へ出るのです。
車道、歩道、のさらに脇に「川跡の遊歩道」が続いているのです。
(画像一番右のレーン)

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路上で、女の子いぬにモテモテなのです。
うはうはなのです。


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このまま、どんどん歩いていけそうなのです。
でもきょうはその予定はなかったので、
とりあえずここまでで終了しておくのです。

もう少し先まで続いているはずの、
この先はまた今度のお楽しみなのです。

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駒沢給水塔で、もう夕方の気分を味わうのです。

駒沢給水塔風景資産保存会 - 愛称:コマQ
世田谷区 駒沢給水塔 世田谷区


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ここからまっすぐ伸びる水道道路の先に、
キャロットタワーが見えるのです。
あそこから来たのです。

え?んーとですね、

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これなら見えますか?


掃除してるおばちゃんからみかんを持ってく?と言われたり、
竹箒に驚いたりしながらですね、

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駒沢公園に着いたのです。

駒沢公園の一歩手前に、こんな石碑が立っているのです。
駒沢オリンピック公園、
ここは元々は大正初期にできた駒澤ゴルフ場だったのです。
(移転後、現在の東京ゴルフ倶楽部 )

1940年に幻の東京オリンピックが計画されたときは、
メイン会場予定地になって、でも戦争の雰囲気でオリンピック中止。

Wikipedia - 東京オリンピック(1940年)

そのあと敷地は駒澤練兵場(現在の自衛隊三宿駐屯地)に
一部組み込まれて、戦争中は食糧増産のために「畑」になってて、
戦後は傷痍軍人の病院ができて。
それが現在駒沢公園となりにある、東京医療センターの前身なのだそうで。

東京医療センターホームページへようこそ!

それから1953年には野球場ができて。
東急の傘下の「東映フライヤーズ」がホームにしてですね、、
「駒沢の暴れん坊」と呼ばれていたのだそうです。
フライヤーズはその後、
日拓フライヤーズ、日本ハムファイターズになって、
現在の北海道日本ハムファイターズ。

Wikipedia - 駒澤野球場(現在の公園硬式野球場とは別)
Wikipedia - 北海道日本ハムファイターズ (球団の歴史あり)

1964年の東京オリンピック開催が決まったので、
1962年に野球場取り壊して、球団はいなくなってしまったそうなのです。

それからここで、東京オリンピックがあって、

Wikipedia - 東京オリンピック

そのあと、現在の駒沢公園。これからぼくが遊ぶところ。

そんなこの土地の激動の歴史がですね、
この一本の、ぽつんとした石碑から始まるのです。



そんな石碑のすぐ脇で、ですね、
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先日遭遇した仲間に、また同じ場所で偶然遭ったのです。


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きょうも囲まれたのです。
負けないのですうはうはうは。


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きょうはほかのいぬも乱入してきたのです。
たのしいのです。


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それから、公園に突入したのです。


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外周をガンガン走るのです。
そんなチワワもどうかと思うのです。


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……え、えーと、


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あれは…えーと…


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…。


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やっぱり、門松なのですか。

ちょっと不意打ちだったので面食らったのですけれどですね、
風情があっていいのです。


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さぁ、ドッグランに向かうのです。
ところでこれ、サッカーボールですか?


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ドッグランに着いたのです。
先日よりはですね、いぬもいっぱいいるのです。


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遊んだり、挨拶したり、忙しいのです。


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で、寒くなってきたから、帰るのです。
この帰るタイミングがみんな一緒ぐらい、というのがおかしいのです。
みんな一様に「寒い」のです。


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きょうは三軒茶屋から蛇崩川緑道、
目青不動教学院とか駒沢給水塔とか見学しながら、
駒沢公園に行ったのです。

みかんもらい損ねたのを、いまごろ後悔しているのです。

走って帰るのです。





おまけ。
帰り道にて。
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あ、あれはー!
「イラストが怖いよ」という評判の、愛媛FCのバス!

愛媛FC公式サイト【EHIME FC OFFICIAL SITE】
Wikipedia - 愛媛FC

右側のキャラ、口から果汁垂らしてるんだよ。
怖い。


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でもがんばれ。
イラスト描いた能田先生のことも応援しているぞ。
ピース電気店もORANGEも好きだ。
ってか読め、日本の子供は全員読め。

カマタマーレの次に応援してる。愛媛行ったこともないけど。

能田達規のホームページ


ORANGE 13 (13) (少年チャンピオン・コミックス)
ORANGE 13 (少年チャンピオン・コミックス)

能田 達規








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