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世田谷は喜多見の旅を続けるチワワのクドさんです。
こんにちは。
きょうは、喜多見の歴史な感じにちょっとだけ触れたいと思うのです。

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いつになくきりりと歩くぼく。
前回の続き、次太夫掘公園から始まるのです。


前回までのコースは以下に。









第一回 二子玉川~宇奈根ハンカチ公園
第二回 ~喜多見の湧き水~次太夫掘公園

そして今回のコースとなります。
今回のコースは、一番下のほうに貼り付けておきますのです。

それでは進むのです。
またね次太夫。小泉次太夫には多摩川沿いに、またいつか会えるさ。
( 小泉次太夫とはなにものか?については前回分参照 )

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でも次の目的地、すぐに着いちゃったのです。


ここは稲荷塚古墳といいます。
古墳です古墳。
立派な副葬品が出たらしいので、
かなり有力なこの辺の首長クラスのお墓だろう、ということです。

ここに限らず、多摩川に沿っての崖線の上には、
上流から下流まで、古墳がいっぱい並んでいるのです。
きっと昔は河岸段丘の上から、
多摩川越しに川崎のほうが見えたりして、
さぞやいい風景だったのでしょう。
ここもそんな、見晴らしがいい古墳・・・のはずですが、
現在は住宅に囲まれて、ぽつーん、です。

この古墳は別名、「 犬繋古墳 」と言います。
いぬつなぎ!です。
その、ぼく的に恐ろしい名前の由来はのちほど…。

0127303.jpg
稲荷塚古墳から程近く、
ここは須賀神社です。ちょっと変わった構造です。
これも古墳の上に建っているのだとか。
ここは毎年夏に、湯花神事という祭りがあるのです。
えーと、簡単に言いますとですね、

「熱湯を沸かして、
 そこに笹の葉を漬け込んで、
 それを振り回して観客に湯の雨を降らせる」

のだそうです。
このお湯をかぶると無病息災!
世田谷区なのに、遠い日本の田舎のような祭りです。

…でも夏にやらなくてもいいんじゃないかな、とは思うのです。

いぬにお湯かけたら虐待なので、ぼくは遠慮するのです。

湯花神事
 ( 還暦クラブ 内コンテンツ「ふるさと喜多見」より)


関係ないのですけれど脱線。
上記の還暦クラブなるサイト、
もう70歳近いおじいちゃんが作っているのです。
それも60歳ぐらいから始めたそうです。
画像も多いし、内容豊富。必見です。
プロフィールとか見ると、
うはー、近代庶民史が生きて歩いてHP作ってる!です。

0127315.jpg
その須賀神社からすぐ南。
境内続きみたいなところにある第六天塚古墳。
この辺はやっぱり古墳群なのだそうで、
後述するお寺の敷地内にも数個の古墳があるそうです。

「第六天」

というのはですね、この古墳の成り立ちとは関係なくてですね、
後世、この塚の上に「第六天」が祀られていたから
なんだそうです。

wikipedia 天魔(第六天魔王)

「祭る」ということに解釈はいろいろなのですが、
この説明だけ見るとこわいのです。ふふふ…

第六天信仰自体はどうもある時期、流行った事があるみたいで、
東京近郊には時々、祠や社を見かけることがあります。

この塚のあたりから次に行くお寺にかけてに
陣屋 」があったのだそうです。
喜多見陣屋もしくは喜多見城と言われています。
陣屋についてものちほど。


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そんなコワイ塚をあとにしまして、
またすぐに次の目的地、慶元寺に到着です。
参道がいい感じです。これでも世田谷区です。

このお寺は、江戸氏、その末裔の喜多見氏の菩提寺です。
極力わかりやすくまとめて説明しますとですね、うーん…
極めて簡略に話しますです。


江戸氏は元々関東武士団・秩父党の一族です。
平安時代の末期に江戸を開拓して江戸氏を名乗って
頼朝に仕えて権勢を得たり、
南北朝の頃は、
矢口渡で新田義興(新田義貞の息子)を騙して殺害してみたりします。
(東急多摩川線の武蔵新田駅の名前の遠来)

その一族が"木田見"に住んで、
世田谷城の吉良さんに仕えてたのですが、
吉良さん諸共、
秀吉による小田原北条氏滅亡の時に失地して潜伏、
関東に入ってきた徳川家康に拾われまして、
"喜多見"と名前を変えました。
旗本として2000石ぐらいで喜多見に住んでて、
三代目には高名な茶人を輩出して、
喜多見流なる茶道流派を確立したりしているのですが、
(ハイここから面白くなりますよー)


そのあと、喜多見重政の代に激変が起こるのです。
ええ、すごく大変です。


時は五代将軍徳川綱吉
1000石の旗本として、側に仕えるようになった重政は、
なんだか…
女性よりも男性に興味があったとか噂される綱吉公から、
猛烈な寵愛熱愛偏愛を受けることになっちゃいます。
官位が急上昇した挙句に、どんどん領地を加増されて、
とうとうオーバー"一万石"。旗本身分卒業。
晴れてお大名になってしまいました。
一万石ぎりぎりでもお大名です。都内にいわゆる「藩」があったのです。
歴史用語で喜多見藩と言います。

綱吉公からおこづかい(建設予算)を貰い、
先ほどの第六天塚のあたりに「 陣屋 」を作ります。
陣屋というのは、小規模な大名の領地の居館。
つまり「小さい城~大規模な屋敷」です。


重政はさらに、御犬様総支配(お犬係)を拝命します。
ええ、あれです、有名な生類憐みの令です。
現在の喜多見駅の北側と、先ほどの稲荷塚周辺とに二ヶ所、
お犬さま屋敷を作って、丁重にお犬さまを飼育します。
「飼育代手当てとして」かは知りませんが、
この頃どかんと一万石加増されています。
あわせて二万石。
もう立派な中規模お大名です。


しかし実は” 丁重なお犬様の飼育 ”だったかどうかは
少々問題なのです。
なにせ重政の息子がときどき犬を引っ張り出して、
先ほどの稲荷塚古墳に繋いで遊んでいた、という伝承があるのです。

…ええ、だから「 犬繋古墳 」なのです。



0127317.jpg
…コラそこの喜多見の息子。お犬様になにをするんですか…。


稲荷塚てっぺんの石碑に「犬繋古墳」と書いてあったらしいのですが、
つい近年、いつの頃か誰かに削り取られてしまったそうです。


と、綱吉に盲目的に寵愛溺愛偏愛された喜多見重政なのですが、
なのに、お大名になってからほんの数年後に、
いきなり改易(領地没収)されちゃいます。
重政の親戚が、不倫のごたごたの末に刃傷事件を起こしてしまい、
それに連座(連帯責任)で、と言われています。
もしかしたら息子の犬繋ぎ遊びの件がばれたのかもしれません。

でも改易理由が
「将軍様の御意志にしばしば逆らい、勤務もいい加減にしている」
だそうですので、ええと…困ったことに、
簡単に言えば綱吉との痴話のもつれで

最近アタシの言うこと聞かない・・・なんてまぁ憎い!!
綱吉ちゃんぶち切れよキィーーーッ!

ではないでしょうか、と推測するのです。
ともあれ、重政は配流されまして、流刑先で狂死したそうです。


どうにも困った最後ですが、もしかしたら陣屋近くに「第六天」なんてのが
祀られているのは、このなんとも困惑的な最後だからかもしれません。


これにて喜多見での、喜多見氏(江戸氏)の歴史、終了です。



※すいませんめんどくせーので全部記憶で書いてます。
  ちゃんと調べちゃいませんので、

  お犬様総支配とかその辺の役名や加増の時系列は
  すこしおかしいかもしれませんが、
  ま、その辺、あとは読んでる人が調べといてくださいです。

0127305.jpg
そんな歴史はもう忘れた、と青空に三重塔。
これでも世田谷の風景。

ここの墓所に、喜多見(江戸)氏の墓所がありました。
見たところ、墓石の中心はかなり新しかったので、
喜多見重政の親類縁者、
もしくは蝦夷松前藩に仕えたと言われる息子、
その辺の子孫が今でも健在なのでしょうか。

境内には「江戸家初代、江戸太郎の像」があります。
江戸太郎です江戸太郎。 ”ミスター江戸”、です。

お寺から地続きで、裏手には氷川神社があります。
ここには世田谷区最古の鳥居があります。


0127306.jpg
実は先ほどの稲荷塚古墳の正面からは、こう見えるのです。

畑越しに三重塔。
奈良の田舎のほうみたいですが、これでも世田谷。
ここでスケッチしてる人がいましたのです。


0127307.jpg
さぁ帰るのです。
小田急の狛江駅を目指します。

喜多見中学校前から駅近くまで、緑道が続いているのです。
これを辿ればいいのです。
ぼく的にはまだまだ歩きますよ!です。


ですが…

0127308.jpg
この緑道、ぐねぐねし過ぎです。
90度以上、平気で曲がりますのです。
だんだん方向感覚がマヒしてくるのです。

0127309.jpg
え、こっちじゃないんですか…。

おまけに少々、わかりにくいのです。
ときどき大き目の通りとぶつかって、
先がわからなくなりますが、「必ず続いている」
という気持ちで捜索すると、必ず続きが見つかります。

でもできたら、矢印案内ぐらいほしいのです。
誰か作っておいてくださいです。


0127310.jpg
川が流れている場所もあるのです。
なんだか安心なのです。


0127311.jpg

と思いきやいきなり砂利道。
うわー、です。


0127312.jpg
そして狛江駅前到着です。なんだか強そうな駅です。
ここは北口です。
ここから二子玉川までバスで帰るのです。210円。
二子玉川行き以外にも、
世田谷道をそのまま進んで三軒茶屋~池尻~渋谷、
というバスもありますのです。


0127313.jpg
充実した散歩でありましたのです。
多摩川、いろんな公園、湧水、古民家、古墳、
陣屋にお寺に神社に緑道。
盛り沢山でした。

ぼくはいっぱい歩いて、かなり楽しかったのです。
まだまだ歩きたいけれど、きょうはこれまで、です。

また来る日までさようなら宇奈根喜多見、です。




きょうのコース
(三角で再生。+-で拡大縮小。地図クリックで詳細へ)



二子玉川から狛江までの全行程コース
(三角で再生。+-で拡大縮小。地図クリックで詳細へ)








おまけその1
狛江駅北側に、このような気になる池があります。

池%%http://maps.google.co.jp/maps?&q=35.632360664711285,139.57664251327515+(%E6%B1%A0)&hl=ja&ie=UTF8&z=17%%35.632360664711285%%139.57664251327515%%17



ですがご注意。
0127314.jpg
たまにしか開いてません。




おまけその2
あれほど長々と江戸の歴史を語り、風情豊かな慶元寺。
しかしその付属の幼稚園は
0127316.jpg

なんとなく欧風メルヘンでした…。





theme:神社仏閣
genre:学問・文化・芸術


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コメントやご感想などご自由に。
お返事はおいおいするのです。
はじめまして
喜多見在住のものです。
最近、物件探索から風水に興味を持ちはじめ、喜多見の歴史探索をしていたら、こちらのHPに辿りつきました。
喜多見はいわゆる風水的には成城から丘下、いわゆる窪地にあたるようで、風水的には悪い気が溜まりやすい土地のようなのですが・・。
実際はのんびりとした良い町ですが。

今度はどんな探索をするんでしょうか?とても心和むブログでした◎
また覗かせて下さい。
楽しみにしています。
2007/09/07(Fri) 01:48 | URL  | yuko #ax4px7aw[ 編集]--------
いらっしゃいませなのです。
窪地でもいい土地はあるのです。
そもそも高いところがいいところなら、
一番いいのは
「北アルプスにでも住むことです」
となるのです。

それよりなんたって、
喜多見は字面がいいのです。
「喜び多いぞ見ろよ!」
です。
こんなおめでたい土地の名前は
なかなかないのです。

「慶字」ってやつなのです。
言霊を信じることです。
2007/09/08(Sat) 00:56 | URL  | kuddy #-[ 編集]--------
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