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こんにちは。チワワのクドさんです。
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きょうは京王沿線ウォーキングに参加したのです。

2009年度唯一の「都心コース」だったのです。
これがなんだか、大変だったのです。







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やる気満々なのです。
京王ウォーキングは夏の間は開催されないのです。
なのでですね、
今回が、前半のひと区切り、となるのです。


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やってきたのは新宿駅、なのです。

今回のスタート地点は大都会・新宿駅なのです。
土曜の午前中なのに、もう人でいっぱいなのです。

2009年度京王沿線ウォーキング|京王グループ
第三回「都心の風情と神宮外苑を歩く」|京王グループ


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京王新宿駅にて、本日のコースマップを受け取るのです。

いつもはどちらかというと「田舎道」なのでですね、
あんまり迷うところがないのです。


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でもきょうは大都会なのです。
今回が実は一番”コースマップが必要なコース”かもしれないのです。


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いつも通りの平均年齢が割と高めの謎の大集団が、
靖国通りをぞろぞろ進むのです。
このままならばですね、
いつも通り「迷うことはない」予定なのです。


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しかしなのです。

行列にただ、繋がっていくとですね、
一人が寄り道をすると、全員繋がって行ってしまうのです。
サザエさんのエンディング方式なのです。
その神社、コースじゃないですよ…。


きょうのぼくはですね、おいそれと寄り道はできないのです。
靖国通りから新宿通りに移りましてですね、
どんどん進むのです。

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気になる喫茶店があったのです。
しかし「いぬオッケー」とは書いてないのです。
残念なのです。

騎士道 珈琲館&サルーン - 喫茶店(新宿御苑前) [食べログ]

しかし寄り道はできないのです。


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芸能事務所も、ぼくを入れてはくれないのです。きっと。

サンミュージックプロダクション - Wikipedia
::Sun Music Group Official Web Site::


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しかし都会歩きは気分が疲れるのです。

いっそのこと、
”新宿御苑内を通過するコース”
とかにはできなかったのかなぁ、と思うのです。


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体力的にはまだまだ大丈夫なのです!
ただし、”ぼくは”、なのです。(後述)



さらにここから、コースはいっそう迷走するのです。

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…えっと、さっき四谷四丁目交差点にいたはずなのですけれど、
なぜだか曙橋方面にやってきているのです。
昔はあっちにフジテレビがあったらしいのです。

靖国通りから新宿通りに移ったのに、
坂を下ってまた靖国通りに出ちゃっているのです。


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さ、ら、に、なのです。
市ヶ谷の防衛省が見えるところまで来ておいてですね、


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今度は津の守坂を登って、
またしても新宿通り方面に戻れ、というのです。

「津の守坂」というのはですね、
江戸時代に、
写真右側の、つまり道の右側の荒木町に、
尾張徳川家の分家、美濃高須藩主松平義行(摂津守)
上屋敷があったことに由来するのです。
「まつだいらせっつのかみさんとこの坂」、
「せっつのかみのとこの坂」、
「つのかみの坂」

津の守坂通り - Wikipedia
松平義行 - Wikipedia

四ッ谷荒木町車力門会
荒木町 (新宿区) - Wikipedia

ちなみにさっき見えた市ヶ谷の防衛省、
あそこが高須藩の本家の尾張徳川家の屋敷跡、なのです。


…と、そんなことよりですね、
さっき坂道降りてきたのに、また登れとか・・・

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そんな津の守坂の途中で、
今度は坂町、三栄町のほうへ曲がれといわれたのです。


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もうね、地図に従ってどこへでも行っちゃうのです。
どんなに「こっちのほうが近いんじゃ…」と思ってもですね、
きょうはそういう邪念は捨てるのです。
(最初の頃に出てきた京王ウォーキングサイトの地図参照。
 多分本日のコースは、距離稼ぎ蛇行を意図的にしていると思われる。)


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このあたりの道は、なぜだか石畳風なのです。
ウォーキング参加者の皆さん、
道のこっち側のほうが日陰なのです。


「なぜ道が綺麗だったか」
の疑問はすぐに解決したのです。

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新宿区立歴史博物館」の前の通りだったのです。
ここはウォーキングのオプショナルコースに組み入れられているのです。
でもいぬは多分ダメだと思うのです。

新宿歴史博物館トップ


どうやらですね、九月から「富士講」の特別展をやるらしいのです。

展示情報 - 新宿歴史博物館

当ブログの、過去の数々のヌルい富士講探索はこちら。
いぬも入れてほしいのです。

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三栄公園」に出たのです。
ここはトイレもベンチもあるのです。

明治初期に、東京市四谷区(当時)に最初の小学校、
「四谷小学校」ができたのが
この公園の場所らしいのです。

四谷 - Wikipedia


いまは、
公園の下が全部「防災非常用貯水槽」になっているらしのです。
東京は謎が多いのです。

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このウォーキングコース初めてといってもいい、
休憩ポイントなのです。


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ぼくもちょっと休むのです。

ぼく的にはぜんぜん大丈夫なのです。
でもですね、

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本日はですね、ポゴもついてきているのです。

難コースでもあるのです。
なるべく休み休みいきたいところなのです。

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陽射しもどんどん強くなりつつあるのです。


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で、新宿通りに帰ってきたのです。
どうにも、爽やかさに欠けるのです。


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四谷三丁目の交差点から、
外苑のほうに南下するのです。

東京消防庁<防災館・博物館><消防博物館>
消防博物館 - Wikipedia


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お岩稲荷(田宮稲荷)があったのです。
ここが、四谷怪談の舞台なのです。

四谷怪談 - Wikipedia


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ここは元々ですね、田宮家の土地だった、
正確には旧・田宮稲荷神社なのです。

ここにあった神社はですね、明治時代の四谷の大火で燃えちゃって、
中央区新川の田宮家の土地へ移転しちゃったのです。





その後、戦火で新川のも焼けてしまってですね、
戦後に、新川のも復旧されて、
四谷の旧地にも再建されたものなのだそうです。
なので、「田宮稲荷は二ヶ所ある」のです。

新川移転には、
当時のスター役者にして「東海道四谷怪談」が得意だった、
初代市川左団次
「公演の度に四谷まで行くのがメンドクサイから、
 劇場の近所に建ててくれないかな?」
という要望もあったという噂。

市川左團次 (初代) - Wikipedia
新富座 - Wikipedia


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敷地内に建ってる家、表札は「田宮」さん、なのです。


四谷怪談とか言われると、怖い気がするのです。

でも、なのです。
田宮家側の説明に拠りますとですね、
「もともとお稲荷さんは田宮家の屋敷神で、
 実際いまでも敷地内に、お稲荷さんもある。
 で、お岩は田宮家の立派な嫁さんで、
 お岩のおかげで結構ピンチだった田宮家は盛り返して、
 そんな立派なお岩さんにあやかろうと、
 庶民が奉るようになった」らしいのです。

なのになぜだか、100年後ぐらいに、
四谷あたりの話を集めた雑記に”悪い話”で収録されてしまって、
鶴屋南北が書いた怪談話も大当たりしたせいで、
よくわかんない流れになってしまっているらしいのです。

鶴屋南北 (4代目) - Wikipedia






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向かいにあるのが陽運寺
こっちもは”お岩さんを供養している”、と言っているお寺なのです。

田宮神社の話では
「新川に行ってて、
 四谷に帰ってくるまでの間に、勝手に建ってた」
らしいのです。


門が赤くて派手なのです。
「お岩稲荷」ということで、赤を意識しているのかもしれないのですけれど、
本来、お寺に赤門はですね、
”江戸幕府の許可がないと建てられない”という、
格式あるもののはずなのです。

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門も赤かったけれどですね、
本堂も派手なのです。
どこか栃木あたりの薬師堂を移築したものらしいのです。
でも建物はともかくですね、
塗装がなんだか、こう…ツヤツヤ過ぎるのです。

「お岩稲荷」と書いてあるのですけれど、ここはお寺なのです。
それと、「田宮稲荷」は屋敷神なので、
あくまで田宮さんちに付属のものだと思うのです。



陽運寺はですね、えーと…
芸能上達祈願に始まり、商売繁昌、無病息災、縁結び、
悪縁切り、ストーカー止め、などなど。
いろんなことをやってくれるらしいのです。

縁結びと悪縁切り…。

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境内にはいろんなものが沢山あるのです。
お賽銭(?)入れるところも三ヶ所もあったのです。

「吾唯足知」の手水なのです。
「われ ただ たるを しる」と読むのです。
京都の竜安寺にあるのが有名なのです。

でも、ここにあるのは、楽天で売っていたのです。


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「お岩の井戸」
というのもあったのです。
でも、井戸から出てくるのはお菊さんだと思うのです。

皿屋敷 - Wikipedia

「お岩さん産湯の井戸」
ということらしいのですけれど、
お岩さんは”田宮家の嫁”なのでですね、
どっかもっと他所から来たのではないかと思うのですけれど…。


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とりあえず観光地。
なでてくれる人がいたらそれでよし、なのです。


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この界隈は、お寺だらけなのです。
江戸城の西の守りとして、お寺を集中させたのではないかと思うのです。


永心寺というお寺なのです。
入母屋破風で、お寺としては珍しいのです。
時代劇の、偉い町道場みたいな感じなのです。


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こっちは西應寺


ちなみに江戸時代はですね、
さっきの公園の三栄町あたりと、
新宿通りを挟んだところが「四谷伊賀町」と呼ばれていて、
北伊賀町、南伊賀町が江戸城から西に伸びる甲州街道
現在の新宿通りを挟んで守備していたのです。

甲州街道 - Wikipedia

そんな伊賀衆の統括だった、と言われているのが服部半蔵
甲州街道が江戸城にぶつかる、その門を守備したので
門の名前を「半蔵門」と言うのです。

服部正成 - Wikipedia
半蔵門 - Wikipedia


江戸城を起点とする甲州街道は、服部半蔵の半蔵門から出て、
南北伊賀町に挟まれて、その先でさっきのサンミュージックのあった
四谷四丁目交差点あたりにあった「四谷大木戸」を通過して、
内藤新宿へと出て行くのです。
この西の防御ラインの一角を担っていたのが、ここの寺町だと思うのです。

四谷大木戸 - Wikipedia


その先にはまだまだですね、
八王子千人同心とか、甲府勤番とかが待っているのです。
鉄壁ディフェンスなのです、江戸城。

八王子千人同心 - Wikipedia
甲府勤番 - Wikipedia

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西應寺にはですね、「最後の剣客」と言われてる、
榊原鍵吉の墓があるのです。

明治天皇の御前で、
兜割(刀で兜を叩き割る妙技)をやったと言われてる、
伝説の剣豪なのです。

榊原鍵吉 - Wikipedia
榊原鍵吉 | 近代日本人の肖像 - 国立国会図書館






実はそれだけじゃなくってですね、

このあたりの寺町にはですね、
さっきの服部半蔵の墓をはじめ、
鬼平こと、長谷川平蔵
首切り浅右衛門こと、山田浅右衛門
群書類従塙保己一とか、いろんな人のお墓があるのです。
須賀神社という有名な神社もあるのです。

東京四谷の総鎮守 須賀神社

河川跡マニアとしてはですね、とある川の源流もこのあたりに…

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しかし、きょうはぼく一人ではないのです。
ウォーキングコースからあんまり逸脱するとですね、
帰れなくなっちゃうのです。

若葉通りに降りてきたのです。
地図上でやたらとくねくねしているこの道こそが、
さっき探索したかった川の跡、鮫川谷なのです。



四谷あたりのこの谷からの湧水を源流とする川は、
鮫川と呼ばれていて、
赤坂見附から下流を櫻川とも呼んだらしいのです。
このあたりの若葉公園あたりに、
今でも水がちょろちょろ湧いているらしいのです。

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きょうは水じゃなくてですね、
ウォーキングの人の流れに流されていくのです。
スーパー丸正の前を流されていくのです。

この谷底にあるスーパー丸正こそが、
池尻大橋にも学芸大学にもある、
東京に沢山ある丸正の本店なのです。

丸正-MARUSHO ホームページ


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JRと首都高をくぐったあたり、
昔は鮫河橋と呼ばれたあたりを通過するのです。

川が”堰き止め”られていて、
池があったところにお稲荷さんがあったのだそうです。
現在それは「せきとめ稲荷」として祀られていてですね、
”咳止め”の御利益があるそうなのです。。


そんなせきとめ稲荷の横にあるのが「みなみもと町公園」。

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休憩ポイントなのです。
みんな思い思いに休憩しているのです。

鮫川橋は昔、スラム街になったこともあったのだそうです。
でもいまは、隣が迎賓館、あっち隣が学習院初等科
向かいはマーシャル諸島大使館、なんていう立地の公園なのです。

迎賓館 - 内閣府
トップページ | 学習院初等科
Office of the President :: Republic of the Marshall Islands


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でもよく見たらですね、いぬお断り公園、だったのです。
休憩できないのです。
がっかりなのです。

先へ進むのです。


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鮫川は、赤坂御用地の敷地に流れていってしまうのです。
ここは、紀州徳川家の御屋敷跡なのです。

東宮御所 - Wikipedia

鮫川橋門、警備が厳重なのです。



ウォーキングコースはですね、
さっきの公園をコースの東の端として、
御用地の敷地に沿って、西へ向かうのです。

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神宮外苑に入ったのです。

明治神宮外苑 - Wikipedia

なんだかちょっとですね、
”都会歩き”から解放された気分なのです。


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でもウォーキング御一行様はですね、
どんどん流れていくのです。


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国道246号線を渡って振り返るのです。

聖徳記念絵画館 - Wikipedia

この246を西へ進めば、
本日のゴールの渋谷に到着するのです。


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しかしきょうのコースはそれを許さないのです。
あ、え、て、246を外れてですね、
青山方面へと向かわせるのです。

青山霊園を通過するのです。

青山霊園 - Wikipedia

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なんだか、ものすごくでかいお墓がですね、
あちこちに本当に”そびえ立っている”のです。

あ、普通のサイズのお墓もたくさんあるのです。

Wikipedia - 青山霊園#青山霊園に埋葬されている著名人等一覧


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あえてお墓散策しなくてもですね、
既にコースになっている真ん中の大通り沿いに、
でかいお墓がたくさんあるのです。

こちらは副島種臣さんのお墓。

副島種臣 - Wikipedia
副島種臣関係文書 | 国立国会図書館


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こっちは植木枝盛さんのお墓なのです。

植木枝盛 - Wikipedia


というような有名人だけではなくってですね、
青山墓地には、
あの忠犬ハチ公や、
「大久保利通が紀尾井坂でテロに遭った際、
 同時に落命した馬車の御者、およびその馬の墓」
というのもあるらしいのです。

紀尾井坂の変 - Wikipedia

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馬もいぬもおっけーらしいのです。
聞いてるのですか、そこの長いいぬと通りすがりのいぬ。


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そしてコースは再び、都会歩きになったのです。
しかしなのです。
こうしてウォーキングの流れに乗っていけばですね、
迷うことはないのです。
最悪、ゴールの渋谷はすぐそこなのです。


…とか言ってたらここでアクシデント発生なのです。

大量の参加者の皆さんが、
西麻布交差点を曲がらずに渡って直進し、
広尾方面に向かってしまったのです。

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声が届く範囲の人だけでもまとめて、正しいコース、
つまり”西麻布交差点を西に曲がる”に復帰することに成功したのです。
広尾方面に行っちゃった皆さん、
どこかで気がつくといいのです。御無事をお祈りするのです。

ここで…つまりですね、
「参加者の結構な数が、
 地図を見ていないで、流れに乗って移動していただけ」
ということが判明したのです。
ぼくたちだけではなかったのです。


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西麻布にだってお寺はあるのです。
長谷寺は「はせじ」「はせでら」ではなくてですね、「ちょうこくじ」と読むのです。

長谷寺 (東京都港区) - Wikipedia

あの禅宗の大本山永平寺の、東京別院らしいのです。

永平寺 - Wikipedia


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あの向こうに見えるのが山門なのです。

ここにはですね、
奈良時代に作られた「木造では国内最大級!」の十一面観音立像!

十一面観音 - Wikipedia

…があったのですけれど、空襲で焼けちゃってですね、
でも、
のちに永平寺の貫主になった丹羽禅師が再建したものなのだそうです。

丹羽廉芳 - Wikipedia

つまり、割と新しい、ということなのです。
でもこの大観音、立派なので一見の価値はあるのです。

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でも寄り道している場合ではないのです。
コースは骨董通りへと入っていくのです。

骨董通り - Wikipedia

きょうは正直ですね、ポゴ次第なのです。
ポゴはこんな長距離を歩いたことがないのです。
もうすぐゴールなのです。
どうせならちゃんとゴールするのです。

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骨董通りから246に再度出て、
あとは渋谷駅まで下っていくのです。
国連大学やこどもの城を向こうに見つつ、
青山学院大学に沿って下るのです。

青山学院大学
青山学院大学 - Wikipedia


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さぁ、もうちょっとなのです。
がんばるのです。


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宮益坂も、きょうは京王ウォーキングなのです。


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渋谷駅に着いたのです。

しかしなのです。
小型犬であるぼくには、ここからが最後の難関なのです。


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人がいっぱいなのです。
はちー!はちー!ハチ公はどこなのですかー!


さすがにこの人数になるとですね、
我等がウォーキング団の流れも、判別が難しくなるのです。

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なんだか玉電(たぶん)みたいな古い車両が見えるのです。
でも実はあれはですね、むかし東横線を走っていた車両らしいのです。

東急5000系電車 (初代)

東横線から長野の「上田電鉄別所線」に移って走ってたのが廃車になって、
それを東急がまた引き取って、元の色に塗り直してここに、という経緯らしいのです。
上田交通5000系電車

でも熊本ではいまだに走っているのです。
熊本電気鉄道5000系電車
熊本電気鉄道(熊電)

玉電は確か、あんまり保存されていないはずなのです。


人が多いのです。
ハチ公のことは諦めるのです…。

忠犬ハチ公 - Wikipedia
「HACHI 約束の犬」オフィシャルサイト。2009年8月8日全国ロードショー
忠犬ハチ公博物館

当ブログ内「ハチ公の渋谷旧居あたり」はこちらの真ん中あたり。


ハチはしばらく三軒茶屋あたりに住んでいたらしいのです。
詳しい場所はわからないのですけれど、
なんだご近所さん、なのです。
( 注・その期間はさすがに渋谷駅まで通ってはいなかった。 )


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渋谷マークシティの入り口あたりに、ゴールがあったのです。

渋谷マークシティ
渋谷マークシティ - Wikipedia

スタンプ押してもらって、
きょうも完走記念品をもらって、終了、なのです。


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バスで池尻大橋に帰ってきたのです。
京王ウォーキングなのに、
きょうは京王関連を一回も使わなかったのです。
申し訳ないのです。


それはともかく、なのです。
きょうのコースは難易度が高かったのです。

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ViVOで打ち上げ、なのです。
今日はいつもの夜じゃなくて、ランチメニュー時間なのです。

ViVO Cafe&Dining 池尻大橋

vivo cafe&dining 池尻大橋 ヴィヴォ カフェアンドダイニング - カフェ、バー(池尻大橋) [食べログ]
ぐるなび - vivo Cafe&Dining 池尻大橋

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オムライスが、まさに暑いのです。


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はー、テラス席は至福なのです。


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こうやってだらっとしていると、ブログに載せられちゃうのです。

vivocafeのブログ : く~ちゃん


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これが生ったら、食べようと思うのです。
これがなんだかわからないのですけれど。


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食べたし、休んだし。

家に帰って寝るのです。


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緑道歩いて帰るのです。
最近の緑道、カモだらけなのです。


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今年は知っている限り、3組ぐらい生まれているのです。
つまり15羽くらい以上、増殖しているはずなのです。


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そして警戒心が薄いのです。
きみたち、そんなんじゃダメなのです。


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きょうは、京王沿線ウォーキングに参加してきたのです。
暑い感じの日の都心コースはですね、
なかなか大変だったのです。

京王沿線ウォーキングは夏はお休み。
次回は九月なのです。
天気がよければ、聖蹟桜ヶ丘に集合!なのです。








おまけその1。
お岩さんのあたりで。
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「渋谷三業料亭組合」とある。

”三業”というのは三業地の商売のいろいろ。
で、三業とはなんですか、となるわけで。


江戸東京の歓楽街には、
大まかに言って「色里」と「花街」とがありまして。
花街は「芸妓置屋」「料理屋(料亭)」「待合茶屋」の三つの施設がある、
設置を許可されていた商業地のことを、
「三業地」といいまして。

これが「芸者置屋」と「料理屋」など、
二種類しか許可されない場所だと「二業地」と呼ばれましたのですよ。

東京の花街 - Wikipedia

いまでも「三業組合」とかで検索すると、
”三業”という言葉が使用されているのがわかる。

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「新宿三丁目カフェー事業」とかなんかノスタルジーだなぁ、と。

四谷荒木車力門会 荒木町散策


ちなみに、
田園都市線の「二子新地」の”新地”は、
関西での歓楽街のこと。
東京では三業地、関西では新地。飛田新地とか。

そう。
二子新地はむかし、三業地として栄えていたのです。
現在はほとんど名残はないけれど、
駅名は歴史を語るのです。



おまけその2。
恒例の参加賞。
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今回も、実用品であった。
透けて見えているけれど、
これがお楽しみある場合もあるので、明言は避ける。








theme:東京23区
genre:地域情報


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