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こんにちは。片倉の城を出立して、旅を続けるチワワのクドさんです。
シルクロード
とうとう、こんなところまで来てしまったのです。
シルクロードです。

思えばとおくへきたもんだ、としみじみ。
ニッポンはどっちだ?なのです。






( 前回までのあらすじ「片倉城攻略記」はこちら

片倉城から、一度駅付近まで戻りますのです。

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(クリック拡大)

この地図で説明しますとですね、
上の片倉駅南口から
下にある郵便局付近まで、とりあえず歩くのです。
なんだ簡単なのです。


0202202.jpg
立派な山門が見えます。
慈眼寺というらしいのですけれど、
非公開という噂なので通過するのです。


道の途中に、白山神社があったのです。
「越の白山」である白山神社がなぜこんなところにあるのか、
かなり不思議なのです。
そういえば上の地図の左のほう、片倉高校の横辺りに
「第六天神社」があります。また魔王です。怖いです。
前回の魔王・第六天について。 (上四枚目の写真))

地図の部分はさらさらと通りぬけてしまいましたのです。

0202204.jpg
これは住宅街の中の公園で、ちょっと遊ばせてもらってるところ。
ときどきは息抜きしなくちゃね、です。


八王子バイパスを越えて、
0202205.jpg
階段上がるのです。
果てしない階段です。天国まで続いているのです。
登ってみたら天国ではなく、「天竺行き」だったのです。

0202206.jpg
階段が長い分、見晴らしはよいのです。
苦労があって喜びがあるのです。
ぼくは「階段楽しい」だけなのですけれど。


0202207.jpg
そしてついたのです。
この道はローマまで通じているのです。
これから天竺まで、ありがたいお経をもらいにいくのです。



うそですごめんなさいです。



関東絹の道
タチカワオンライン 絹の道(散策記)
wikipedia 浜街道

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簡単に言いますと、明治の産業革命で、
日本が絹糸をバンバン生産して、世界に売りまくって
外貨獲得してのし上がることに成功した、
そんな時代の主要運搬路になっていた道です。
八王子・多摩地域から横浜までを、
この道を使って運搬していたのだそうです。
その際活躍したのが、この辺の仲買商人。
鑓水商人というらしいです。
でも、鉄道ができたりしてあんまり活用されなくなって、
鑓水商人もしょぼーっとなっていきます。
うはうは言ってた期間は50年ほどらしいのです。

ともあれ、歴史遺産な古街道です。


0202209.jpg
この公園、大塚山公園と言います。

山頂は昔、
儲けた鑓水商人たちによってお堂が建立されていましたが、
現在は礎石だけ残っています。
もう少し木の枝を整理すれば、
陽の通りがいい、見晴らしのいい公園になると思うのです。

あ、でも見晴らしはいまでもそれなりにいいのです。
おじーさんが街を見下ろしながら、深呼吸してましたのです。


一応、物好きの間では怪談スポットとして有名らしいのですが、
いぬには関係ありませんのであしからず。

0202210.jpg
さぁ、いざ行かんシルクロード。


0202211.jpg
しかしながら、ちょっと歩きにくいのです。
事前情報で知ってはいたのですが、
こぶし大の石がごろごろしている道なのです。

0202212.jpg
こんな感じ。
これはこれなりに、明治レベルでの山道舗装なのか、
地質がこういう石交じりなのかはわかりません。
あと、冬真っ盛りなので落ち葉も少ないのです。
ここは、秋の紅葉の頃から落ち葉が落ちまくった頃、
そんな時期に来るといいと思いますのです。


道自体はすぐ終わり。
あっけないぐらい、すぐ終わりなのです。
「絹の道」だけを目指して、
期待して行くと「なんだー」となりますので注意です。

0202213.jpg
麓の、絹の道資料館。
鑓水商人の豪華屋敷跡らしいのです。
「ペットお断り」の貼り紙があるので、貼り紙の前までのぼるぼく。
入りたいのです。

絹の道資料館


0202214.jpg
近くの神社に寄り道。
諏訪神社ですが、いくつかの神様が合祀されてるらしいです。
これも鑓水商人が儲かってる頃に、
うはうはどーんと豪勢に建てたらしいです。
かなり立派な建物がいくつも残っています。


0202215.jpg
むーん、突然田舎になったのです。
これは、当時のこの辺の農家の様式を今に伝える、
東京都の貴重な文化財なのです。
でもぼくの後ろに写ってるのは、その「納屋」か「離れ」なんですけれど。

小泉家は今でも表札がかかってます。
小泉さんが住んでます。
なので、
わいわい騒いだり、勝手に入ったりしちゃダメなのです。


小泉家屋敷%%http://maps.google.co.jp/maps?&q=35.614220807549444,139.35895442962646+(%E5%B0%8F%E6%B3%89%E5%AE%B6%E5%B1%8B%E6%95%B7)&hl=ja&ie=UTF8&z=14%%35.614220807549444%%139.35895442962646%%14

場所はここです。(+-で拡大縮小)
一回分、拡大するとわかりやすくなります。
この地図の、だいたい上のほうから来ました。
大塚山公園というのが、道了堂跡です。
下のほうへ行くのです。


0202216.jpg
これは小泉家からすこし進んだところにあった
「鑓水板木の杜緑地」
ちょうど小泉家の裏山が通り抜けできるみたいです。
山の尾根道は旧鎌倉街道。
絹の道よりもっと昔の人の生きた跡、なのです。

ここにあった看板によりますとですね、
鑓水という地名の由来は、
「槍状のものを突き刺すとすぐに水が出る」
板木という地名の由来はアイヌ語で
「きれいな水が湧き出すところ」
なのだそうです。
関東にはアイヌ語由来の古地名が沢山あるのです。
昔は住んでたのでしょうね。
で、

穴掘るの禁止します。危険です。洪水です。>いぬ


0202217.jpg
さぁ、南大沢方面へやってきたのです。
きれいに整備された道。
でもまだなにも建ってない荒野です。
いつかはここも、マンションや小奇麗な一戸建てが建ちまくるのです。
新しい人の生きた跡、ができるのです。

前を歩く老夫婦。後を追うぼくなのです。
片倉からシルクロードを経て、の旅、まだまだ歩くのです。


つづく。

続編「え、さらにドッグラン!?」はこちら



今回分のルート
(三角で再生。+-で拡大縮小。地図クリックで詳細へ)











おまけ

永泉寺というところがありました。
絹の道資料館の近く、老人ホーム絹の道の隣です。

このお寺の開基は、
武田信玄の叔父に当たる永野和泉という人
らしいのですが、…いましたっけそんな人?

それはともかく、六地蔵がありまして。

0202218.jpg

あれ?
七人いる?え?


0202219.jpg
あ。










theme:史跡巡り
genre:旅行


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鎌倉街道鎌倉街道(かまくらかいどう)はもともと中世から続く古道である。鎌倉に至る道ということで鎌倉街道と呼んだ。また、主要道の名称として鎌倉街道と呼んでいる場合もある。.wikilis{font-size:10px;color:#666666;}Quotation:Wikipedia- Articl
2007/08/01(Wed) 20:02:57 |  街-NAVI
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